旅するミタブン

文芸誌『三田文學』の歴史、ゆかりのある作家を巡る小さな旅の記録です。

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大先輩・小島政二郎 思い出の町を散歩する

平成27年最初の「旅するミタブン」。
三田文学の大先輩である小島政二郎さんに縁あるところを旅してまいりました。


小島政二郎は明治27年(1894)台東区下谷生れ。
京華中学から慶應義塾大学文学部へ進みました。
「俺傳」によれば、父親からは理財科(今の経済学部)へ進むように言われましたがその願書を破き、敬愛する永井荷風のいる文学部へ入学したとのことです。
その後「三田文学」に「オーソグラフィー」という論文を発表、「睨み合」で小説デビューします。
三田文学の編集の他にも、鈴木三重吉が主催していた児童文学誌「赤い鳥」の編集に携わりました。
その後は文学部の講師、そして教授になります。
三田文学の編集委員や芥川賞選考委員など執筆以外でも活躍しました。
作家としては純文学から大衆文学まで活躍の場を広げ、『食いしん坊』『円朝』などで多くの読者から人気をはくしました。

今回の散歩はあいにくの冬の雨でしたが、それも風情があると自分に言い聞かせ、まず台東区立中央図書館へ。
現在、「生誕120周年 没後20年 『下谷生れ』の世界~小島政二郎の見た台東区~」(3/18まで)を開催しています。

20150211 小島政二郎 図書館外観


台東区生涯学習センター内にあり、設備は近代的で蔵書もかなり多いです。広くて清潔で居心地が良さそう。のんびり読書にふけりたいという思いを断ち切って早速2階の展示スペースへ。

20150211 小島政二郎 展示冒頭

20150211 小島政二郎 展示1


台東区に縁のある作家を取り上げて行くこの試み。記念すべき第一回目が小島政二郎ということです。
ここでは図書館にある小島の著作が陳列されていて、自由に読むことができます。
書店で見かけなくなってしまった貴重な書籍が多く、小島が編集に携わっていた「赤い鳥」の復刻版もありました。編集をしながら、自身でも児童文学を執筆していました。
「下谷生れ」が連載されていた台東区の小冊子もあります。

20150211 小島政二郎 図書館蔵書

20150211 小島政二郎 図書館原稿
〈生原稿〉


自分の生まれ育った街の様子をたくさん描写している小島ですが、今回の展示で面白かったのは定点撮影の写真。
小説やエッセイに出て来る場面を、作家が描いた時代と現代で比較できるのです。

20150211 小島政二郎 図書館 定点写真.
〈定点写真〉


小島の生家周辺を見たいと思い、資料担当の方にお話を伺いました。
当時の下谷1丁目は町名番地の変更によって、現在は上野のアメ横周辺とのこと。
「下谷生れ」を読んでいて感じた違和感が解消されました。
小島自身は町名番地変更のことを「乱暴なこと」「あいた口が塞がらない」と書いています。


図書館を出ると目の前は合羽橋商店街。
アーケードになっていて雨でも大丈夫。

20150211 小島政二郎 合羽橋1

図書館のすぐ横にある、注文を取ってから豆をひくこだわりの喫茶店で一服してから、散歩を開始します。
最近、外国人観光客にも人気があるという合羽橋。
和食器から家具まで、安値で取り揃えております。

20150211 小島政二郎 合羽橋2

お洒落なレストランもチラホラあって、退屈しない道でした。

少し裏道気分になってきたので、合羽橋交差点のひとつ先の路地を右へ曲り、商店街と平行した路地を進みます。
松が谷、旧町名「松葉町」は元禄11年(1698)の勅額火事によって焼失してしまいました。
跡地には多くの寺院が移転し、門前町になったそうです。
今でも、寺院が多い土地です。

創立110年を迎えた松葉小学校の前を通り、更に裏路地を浅草通りに向って歩いて行きます。
そこに見えてきたのは永昌寺。
講道館柔道、発祥の地です。
明治15年、嘉納治五郎が本堂脇の座敷を道場にしてはじめたと言われています。
今でもこの碑を訪れる柔道家は多いそうです。

20150211 小島政二郎 講道館柔道発祥の地


浅草通りに出て、上野まではもうすぐ。
通りから「下谷神社」が見えました。町名番地変更前の名残りなのではないかと感じました。
少年時代の小島が憧れていた釜屋の女中、おときが住んでいたのがこのあたりかな、などと考えながら、冷たい雨の中をひとりで歩いて行きました。

20150211 小島政二郎 下谷神社


上野駅を迂回しながら、アメ横を目指します。途中で地図を確認し、小島政二郎の生家跡へ。
線路建設のために移転したという記述が「下谷生れ」にあったのを思い出しました。
もともと商人の多い町だったとはいえ、この変りようは晩年の小島にどう映ったのでしょう。

20150211 小島政二郎 生家跡

明るい笑顔の中東系男子に誘われて買ったケバブを食しながら、
雨の中、小島少年が道端でコマを回す当時の往来を想像しようとしましたが……。

気を取り直して、小島少年がよく遊びにいった上野公園へ。
小島曰く、当時は「公園」という概念はなく、ただ「上野の山」と呼んでいたそうです。

20150211 小島政二郎 上野の山

なだらかな山を登っていくと、重要文化財の清水観音堂がありました。
せっかくなのでお参りをします。
歌川広重の名作「月の松」は2代目だそうですが、その向うには不忍池の弁天堂が見えました。

20150211 小島政二郎 月の松
〈名所江戸百景 上野山内月のまつ〉

山の頂上付近には東照宮があり、その門前には大きな石燈籠が並んでいます。
これが「お化け燈籠」とも呼ばれていたものかなと推測し写真を一枚。

20150211 小島政二郎 お化け燈籠1
しかし、散歩後にこれが「お化け燈籠」ではないことが発覚。
本物は大仏パゴダの裏手に、ひとつだけ悠然と佇んでいるそうです。

「川端(康成)、鈴木彦次郎、石濱金作などいう一高の学生達は、このお化け燈籠を目当てに、袴や一高の正帽をこの下草の中に隠して、夜の浅草や、もう少し先の吉原などへ散歩に行った」(下谷生れ)
雨でなければ、「散歩」へ行ってもよかったのですが、この日は東照宮にお参りをして「旅するミタブン」終了です。


最後にもう少し小島政二郎のことを。
彼の代表作のひとつ「眼中の人」は、先輩であり友人でもある芥川龍之介、菊池寛との思い出を書いたものです。
生きた大正文学史とも評される作品ですが、同時に青春小説として面白く読めます。
「三田文学」に発表した「睨み合」を芥川、菊池両名から褒められるも、その後苦心しながら「喉の筋肉」(三田文学名作選)を書き上げた話など。
自分の書くものに悩み、偉大なふたりの友人の背中を見ながら成長していくひとりの作家の姿が描かれています。

台東区立中央図書館で小島政二郎の著作を読み、彼の生まれ育った上野を散歩する。
寒い時期ですが、歩けば暖まります。
みなさま、いかがでしょうか。

台東区立中央図書館への行き方(リンクを貼っています。クリックしてください)

reported by kurosuke
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  1. 2015/01/30(金) 15:16:53|
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Author:旅するミタブン
『三田文學』は明治43年に創刊の文芸誌です。
現在は季刊で年4回、1月、4月、7月、10月に発売されています。

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