旅するミタブン

文芸誌『三田文學』の歴史、ゆかりのある作家を巡る小さな旅の記録です。

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谷崎潤一郎記念館へ 追記

谷崎潤一郎記念館から、春の特別展のお知らせが届きましたので、ご報告したいと思います。

2015年 春の特別展
大谷崎展『文豪と五人の女神』~没後50年・文豪は時空を超えて~

会期2015年3月28日(土)~6月28日(日)

大谷崎展 チラシ

みなさま、文豪のひみつに迫る展示へ、いかがでしょうか。



  1. 2015/03/25(水) 11:29:03|
  2. 文学館
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谷崎潤一郎記念館へ

今回は三田のある東京から離れた、芦屋市谷崎潤一郎記念館にやってきました。
阪神芦屋駅から徒歩15分、芦屋市立美術博物館と図書館の間にあります。
海風が薫ります。

谷崎1

谷崎潤一郎は居を転々としました。
生まれは東京ですが、関東大震災以降は、芦屋を中心とした関西地方に住みました。
新しくきらびやかな東京と古きたたずまいある関西の、両方の美を谷崎は獲得していったのです。

谷崎潤一郎記念館の展示コーナーは東京時代、関西時代、そして戦後、と、谷崎の足跡をていねいにたどっています。
東京時代のコーナーのパネルには、三田文学の文字が!
そう、永井荷風が「三田文学」で、谷崎の「刺青」を激賞したのでした。
これがきっかけで、谷崎は発表の場を広げていきました。

谷崎2

「蓼喰う虫」「春琴抄」「陰翳礼讃」などを発表したのが関西時代です。
ここで谷崎は2度目、3度目の結婚をします。
3人の妻の、同じくらいの年齢の頃の写真がありました。
みなさん、とても美しい!
谷崎の周りには常に美しい人やものがあったように感じました。
ちなみに最初の妻、千代はのちに佐藤春夫と結婚しました。

戦後に居を構えたのは京都、のちに「潺湲亭」と呼ばれる家屋です。
ここで谷崎は「少将滋幹の母」などを書き、ここを舞台とした「夢の浮橋」などを書きます。
谷崎潤一郎記念館の庭園は「潺湲亭」を模したものです。
気持ちのいい緑です。
ベンチで長い時間を過ごされる来館者もいらっしゃるそうです。

谷崎3

「ナオミの家」「鎖瀾閣」「倚松庵」「雪後庵」「湘碧山房」……
谷崎の住んだ家々を追いかけてみるのも楽しそうです。
彼は何を眺め、何を思い、筆を走らせたのでしょうか。

谷崎4

谷崎潤一郎は今年没後50年、来年は生誕130年です。
谷崎潤一郎記念館では春に記念展示を計画しています。
(現在は3/22まで、冬の通常展「谷崎潤一郎 人と作品」冬の通常展「谷崎潤一郎 人と作品」
 ~特別展示「震災と谷崎」
を展示しています)
三田文学でも何かできたら……と、考えています。

芦屋市谷崎潤一郎記念館
休館日 月曜日(月曜が祝日の場合は翌日)
年末年始(12月28日~1月4日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は4時30分まで)
観覧料 一般300円(240円)、大・高生200円(160円)、中学生以下無料
65歳以上の方、身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳・療育手帳をお持ちの方および介護者1人は半額
(特別展開催時は、一般400円、大・高生300円、中学生以下無料)

芦屋市谷崎潤一郎記念館への行き方 (リンクを貼っています。クリックしてください)

reported by zaki
  1. 2015/02/26(木) 14:44:16|
  2. 文学館
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大先輩・小島政二郎 思い出の町を散歩する

平成27年最初の「旅するミタブン」。
三田文学の大先輩である小島政二郎さんに縁あるところを旅してまいりました。


小島政二郎は明治27年(1894)台東区下谷生れ。
京華中学から慶應義塾大学文学部へ進みました。
「俺傳」によれば、父親からは理財科(今の経済学部)へ進むように言われましたがその願書を破き、敬愛する永井荷風のいる文学部へ入学したとのことです。
その後「三田文学」に「オーソグラフィー」という論文を発表、「睨み合」で小説デビューします。
三田文学の編集の他にも、鈴木三重吉が主催していた児童文学誌「赤い鳥」の編集に携わりました。
その後は文学部の講師、そして教授になります。
三田文学の編集委員や芥川賞選考委員など執筆以外でも活躍しました。
作家としては純文学から大衆文学まで活躍の場を広げ、『食いしん坊』『円朝』などで多くの読者から人気をはくしました。

今回の散歩はあいにくの冬の雨でしたが、それも風情があると自分に言い聞かせ、まず台東区立中央図書館へ。
現在、「生誕120周年 没後20年 『下谷生れ』の世界~小島政二郎の見た台東区~」(3/18まで)を開催しています。

20150211 小島政二郎 図書館外観


台東区生涯学習センター内にあり、設備は近代的で蔵書もかなり多いです。広くて清潔で居心地が良さそう。のんびり読書にふけりたいという思いを断ち切って早速2階の展示スペースへ。

20150211 小島政二郎 展示冒頭

20150211 小島政二郎 展示1


台東区に縁のある作家を取り上げて行くこの試み。記念すべき第一回目が小島政二郎ということです。
ここでは図書館にある小島の著作が陳列されていて、自由に読むことができます。
書店で見かけなくなってしまった貴重な書籍が多く、小島が編集に携わっていた「赤い鳥」の復刻版もありました。編集をしながら、自身でも児童文学を執筆していました。
「下谷生れ」が連載されていた台東区の小冊子もあります。

20150211 小島政二郎 図書館蔵書

20150211 小島政二郎 図書館原稿
〈生原稿〉


自分の生まれ育った街の様子をたくさん描写している小島ですが、今回の展示で面白かったのは定点撮影の写真。
小説やエッセイに出て来る場面を、作家が描いた時代と現代で比較できるのです。

20150211 小島政二郎 図書館 定点写真.
〈定点写真〉


小島の生家周辺を見たいと思い、資料担当の方にお話を伺いました。
当時の下谷1丁目は町名番地の変更によって、現在は上野のアメ横周辺とのこと。
「下谷生れ」を読んでいて感じた違和感が解消されました。
小島自身は町名番地変更のことを「乱暴なこと」「あいた口が塞がらない」と書いています。


図書館を出ると目の前は合羽橋商店街。
アーケードになっていて雨でも大丈夫。

20150211 小島政二郎 合羽橋1

図書館のすぐ横にある、注文を取ってから豆をひくこだわりの喫茶店で一服してから、散歩を開始します。
最近、外国人観光客にも人気があるという合羽橋。
和食器から家具まで、安値で取り揃えております。

20150211 小島政二郎 合羽橋2

お洒落なレストランもチラホラあって、退屈しない道でした。

少し裏道気分になってきたので、合羽橋交差点のひとつ先の路地を右へ曲り、商店街と平行した路地を進みます。
松が谷、旧町名「松葉町」は元禄11年(1698)の勅額火事によって焼失してしまいました。
跡地には多くの寺院が移転し、門前町になったそうです。
今でも、寺院が多い土地です。

創立110年を迎えた松葉小学校の前を通り、更に裏路地を浅草通りに向って歩いて行きます。
そこに見えてきたのは永昌寺。
講道館柔道、発祥の地です。
明治15年、嘉納治五郎が本堂脇の座敷を道場にしてはじめたと言われています。
今でもこの碑を訪れる柔道家は多いそうです。

20150211 小島政二郎 講道館柔道発祥の地


浅草通りに出て、上野まではもうすぐ。
通りから「下谷神社」が見えました。町名番地変更前の名残りなのではないかと感じました。
少年時代の小島が憧れていた釜屋の女中、おときが住んでいたのがこのあたりかな、などと考えながら、冷たい雨の中をひとりで歩いて行きました。

20150211 小島政二郎 下谷神社


上野駅を迂回しながら、アメ横を目指します。途中で地図を確認し、小島政二郎の生家跡へ。
線路建設のために移転したという記述が「下谷生れ」にあったのを思い出しました。
もともと商人の多い町だったとはいえ、この変りようは晩年の小島にどう映ったのでしょう。

20150211 小島政二郎 生家跡

明るい笑顔の中東系男子に誘われて買ったケバブを食しながら、
雨の中、小島少年が道端でコマを回す当時の往来を想像しようとしましたが……。

気を取り直して、小島少年がよく遊びにいった上野公園へ。
小島曰く、当時は「公園」という概念はなく、ただ「上野の山」と呼んでいたそうです。

20150211 小島政二郎 上野の山

なだらかな山を登っていくと、重要文化財の清水観音堂がありました。
せっかくなのでお参りをします。
歌川広重の名作「月の松」は2代目だそうですが、その向うには不忍池の弁天堂が見えました。

20150211 小島政二郎 月の松
〈名所江戸百景 上野山内月のまつ〉

山の頂上付近には東照宮があり、その門前には大きな石燈籠が並んでいます。
これが「お化け燈籠」とも呼ばれていたものかなと推測し写真を一枚。

20150211 小島政二郎 お化け燈籠1
しかし、散歩後にこれが「お化け燈籠」ではないことが発覚。
本物は大仏パゴダの裏手に、ひとつだけ悠然と佇んでいるそうです。

「川端(康成)、鈴木彦次郎、石濱金作などいう一高の学生達は、このお化け燈籠を目当てに、袴や一高の正帽をこの下草の中に隠して、夜の浅草や、もう少し先の吉原などへ散歩に行った」(下谷生れ)
雨でなければ、「散歩」へ行ってもよかったのですが、この日は東照宮にお参りをして「旅するミタブン」終了です。


最後にもう少し小島政二郎のことを。
彼の代表作のひとつ「眼中の人」は、先輩であり友人でもある芥川龍之介、菊池寛との思い出を書いたものです。
生きた大正文学史とも評される作品ですが、同時に青春小説として面白く読めます。
「三田文学」に発表した「睨み合」を芥川、菊池両名から褒められるも、その後苦心しながら「喉の筋肉」(三田文学名作選)を書き上げた話など。
自分の書くものに悩み、偉大なふたりの友人の背中を見ながら成長していくひとりの作家の姿が描かれています。

台東区立中央図書館で小島政二郎の著作を読み、彼の生まれ育った上野を散歩する。
寒い時期ですが、歩けば暖まります。
みなさま、いかがでしょうか。

台東区立中央図書館への行き方(リンクを貼っています。クリックしてください)

reported by kurosuke
  1. 2015/01/30(金) 15:16:53|
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神奈川近代文学館へ  「須賀敦子の世界展」

次々と発生した台風の影響でなかなか天候が安定しませんでしたが、やっと落ち着いてきましたね。
そんな秋の午後、『旅するミタブン』は県立神奈川近代文学館へやって参りました。
2回目の来館ですが、今回の展示「須賀敦子の世界展」はどうしても拝見したかったのです。
全国で初となる須賀敦子の回顧展です。

20141017 須賀敦子展 1

「三田文学」116号(2014冬)で特集した須賀さん。反響も多く、私自身もすっかりファンになってしまいました。
毎週金曜日の14時から行われているギャラリートークへの参加者も非常に多く、今なお須賀さんに魅了されるファンが多いことを物語っていました。


今回の展示は、須賀敦子の一生を丁寧に時系列で追っています。
第1部から3部でその生涯、第4部で自身が愛したものを観ることができます。

須賀敦子は翻訳家、大学の先生として活躍し、61歳でデビューした文筆家です。実働期間8年。生前に5冊のエッセイ集を刊行しています。
遅咲きとはいえ、デビューまでの61年間は間違いなく文筆家・須賀敦子を育んだ時間でした。
展覧会では、その濃厚な時間をたどることができます。このブログでは極一部を紹介いたします。

須賀は1929年、大阪生まれ。兵庫県芦屋市で大手水道工事会社・須賀商会を営む家の長女として育ちます。父・豊治郎は文学的素養が高く、小説家になる夢を持っていました。しかし家業を継ぐために大学を中退します。
文学への思いを捨てきれない豊治郎を、家族は欧米への視察旅行に行かせました。その時の体験談が後の須賀に大きな影響を与えることになりました。
彼女が初めてフランスへ留学する際に父が書いた「渡航スケジュール」が、当時を思い出すエッセイとともに展示されています。
自分が渡航するかのように、そしてきっと外遊時のことを思い出してはしゃぐ父親の様子が浮かび、なにやら微笑んでしまうコーナーでした。

20141017 須賀敦子展 2
(写真は須賀が幼少期に愛読していた作品)


留学先のパリがなかなか肌に合わず、須賀はイタリア文学へと惹かれていきます。
展示されていた当時愛用の伊仏事典は、まさに転換期を示す証拠品のようで、重々しい雰囲気を醸し出しています。


最初の留学を終えた須賀は一度帰国し、3年後に改めてローマへ留学しました。
そして著作にもあるようにコルシア書店の仲間になるのです。
この頃の家族宛ての手紙が展示されています。丁寧な文字で非常に読みやすく、近況報告がまるでエッセイのよう。
必見です。

20141017 須賀敦子展 3


コルシア書店の代表者で須賀の夫でもあるジュゼッペ・リッカ(通称・ペッピーノ)。
1967年にペッピーノが急逝したためふたりの結婚生活は6年足らずという短さでした。
今回展示されているペッピーノの近影は、須賀が大切にしていた蔵書に挟まっていたもので、彼女が亡くなった後に発見されたものだそうです。
ペッピーノとの出逢いは須賀の人生を語るうえで欠かすことのできない出来事です。
端正でいて優しそうなペッピーノの写真を見ながら、「三田文学」116号の末盛千枝子さんのエッセイを思い出しました。

20141017 須賀敦子展 4


冒頭にも書きましたが、今回の展示は須賀敦子の生涯を丹念に追っています。
そのことが彼女の文学の根底を知る方法のひとつであると、展示を見終わってからじんわりと思いました。

今回の展示の編集委員をつとめていらっしゃる湯川豊さんもおっしゃっていますが、須賀敦子の大きな魅力のひとつに「文章の美しさ」が挙げられます。
須賀自身、文章を一語一語丁寧に選んで書くことにこだわりがあったようで、第3部に展示されている編集者との手紙からはその様子が伝わってきます。
身近に感じられると同時に、物書きの凄みが感じられました。

20141017 須賀敦子展 5
(写真は須賀愛用の椅子)

展示は11月24日まで。
秋の柔らかい光が海の青さを際立たせる横浜港が見える丘公園にある神奈川近代文学館へ、みなさま是非足をお運びください。

「須賀敦子の世界展」
会期 2014年(平成26年)10月4日(土)~11月24日(月・振休)
休館日 月曜日(10月13日、11月3日、24日は開館)
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
観覧料 一般600円(400円)、65歳以上/20歳未満及び学生300円(200円)
       高校生100円、中学生以下は入場無料  *(  )内は20名以上の団体料金
       ※東日本大震災の罹災証明書、被災証明書等の提示で無料

神奈川近代文学館への行き方 (リンクを貼っています。クリックしてください)

☆追加情報☆
須賀敦子さんの書簡が新発見されました。
毎日新聞、東京新聞の18日夕刊、日経新聞の19日朝刊で報道されたので御存知のかたもいらっしゃると思います。
御友人、スマ・コーンさん宛ての書簡で、新雑誌「つるとはな」(10月24日発売)に掲載されています。
その新発見された書簡も、神奈川近代文学館で10月24日から展示されました。
楽しみです。

reported by kurosuke
  1. 2014/10/31(金) 14:22:27|
  2. 文学館
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日本近代文学館へ 「芥川賞・直木賞原稿コレクション展」

今回の「旅するミタブン」は駒場にある日本近代文学館へ行ってきました。
2010年に慶應義塾大学旧図書館にて開催された「三田文学創刊100年展」では、大変お世話になりました。

現在「芥川賞・直木賞原稿コレクション展」(9/27~11/22)を開催中です。

20141002 日本近代文学館 外観

1935年に始まった両賞は今年の夏で151回を数えました。
80年、そしてなお続いてゆく歴史を観ることができます。

非常に内容が濃く見どころの多い展示会でした。ここでは一部だけご紹介いたします。


まずは両賞の根幹をなす菊池寛と芥川龍之介、直木三十五それぞれの関係が分かる展示。
作家同士、あるいは出版社の代表と作家という関係だけでは片づけられない、ああこういう友人が欲しいなあと思う両者の関係が伺えます。

20141002 日本近代文学館 芥川弔辞

菊池寛のことを詠んだ芥川直筆の俳句。そして芥川の葬儀で読まれた菊池の直筆の弔辞。菊池は途中から嗚咽で声を詰まらせてしまったそうです。


第1回芥川賞候補となり下馬評では当選を予測されながら受賞を逃した太宰治のコーナーもあります。
芥川のことが大好きで、彼の名前を何度も書いた学生時代の太宰のノート。
受賞者発表の前に故郷の友人に宛てて、自分が受賞出来そうであると書いてしまった葉書。
こういう資料を観ると、太宰にファンが多い理由が分かる気がします。
この時代は1度候補になると、もう受賞資格がなくなるとされていました。
太宰がもし芥川賞を受賞していたらどうなったのでしょうか。

20141002 日本近代文学館 太宰.


三田文学に縁のある作家たちも両賞を受賞しています。

「人生の阿呆」で第4回直木賞を受賞した木々高太郎は三田文学の編集委員をつとめられ、その間に木々さんが見出し、三田文学で作家デビューした松本清張は「或る『小倉日記』伝」で第28回芥川賞を受賞しました。

柴田錬三郎も三田文学で処女作を書き、同誌に発表した「イエスの裔」で第26回直木賞を受賞します。
三田文学118号でも特集した「第三の新人」でお馴染みの安岡章太郎、遠藤周作、吉行淳之介は芥川賞を受賞しています。

20141002 日本近代文学館 安岡

20141002 日本近代文学館 吉行

今回の展示では作家の受賞当時の写真を見ることができます。遠藤周作の自信をのぞかせる笑顔が印象に残りました。

20141002 日本近代文学館 遠藤.


展示されている受賞者の言葉、選評を追っていくと、芥川賞、直木賞の歴史は日本の作家たちのひとつの流れであることもよく分かります。
例えば、選考委員の坂口安吾に推された松本清張は後に選考委員になり、そして井上ひさしを推挙し、大きな期待を寄せました。
川口松太郎は池波正太郎を「直木賞を与えれば作家的自信を生み大成する機会を与え傑作を作りだす」と称賛すれば、池波はそれに違わない活躍を後にみせることになります。
作家から次の世代へと手渡されて行くバトンを見るような思いがしました。

20141002 日本近代文学館 井上


最後にひとつ、浄書のことをご紹介します。
両賞の受賞者に受賞作の冒頭部分を原稿用紙に手書きで書いていただいたものを浄書といいます。以前は文藝春秋社から受賞者へ依頼していたそうですが、現在は日本近代文学館からお願いしているそうです。
最近はパソコン等で原稿を書く作家が多いですが、浄書は手書き。肉筆を見ることができる貴重な機会です。

20141002 日本近代文学館 浄書


日本近代文学館にあるお洒落な喫茶室「BUNDAN」では、両賞の受賞作にちなんだ特別メニューを食べられます。

直木賞からは浅田次郎の「鉄道員」。主人公の乙松が少女と向き合う最後の食事からインスピレーションを得たという
『ほっけの干物と冬野菜の煮付け定食』

芥川賞からは池澤夏樹の「スティル・ライフ」。友人・笹井が主人公に作った(と思われる)
『ブイヤベース』
両品ともに
単品/¥1,200
ドリンクセット/¥1,400

そして、メニューご注文の方に展覧会無料チケットプレゼントとのことです。


秋も深くなるこの季節。作家から作家へと受け継がれていく文学のバトンに思いをはせながら、駒場公園をゆっくりと散歩するという一日はいかがでしょうか。

20141002 日本近代文学館 駒場公園.


「芥川賞・直木賞原稿コレクション展」
開館時間 午前9:30~午後4:30(入館は4:00まで)
観覧料 一般200円 (20名以上の団体は一人100円)
休館日 日・月曜日、第4木曜日(10月23日)

日本近代文学館への行き方(リンクを貼ってあります。クリックしてください)
 京王井の頭線、駒場東大前駅(西口)より徒歩7分


reported by kurosuke
  1. 2014/10/09(木) 16:10:29|
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プロフィール

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Author:旅するミタブン
『三田文學』は明治43年に創刊の文芸誌です。
現在は季刊で年4回、1月、4月、7月、10月に発売されています。

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